パイロットのあゆみ
パイロットのあらまし
東京高等商船学校出身の同校教授並木良輔が、万年筆用金ペンの製作に成功し、同窓の和田正雄の友情による協力を得て、1918年(大正7年)資本金20万円の「株式会社並木製作所」を設立し、万年筆の製造販売を始めました。
1938年(昭和13年)には、会社の伸展に伴い、「パイロット萬年筆株式会社」と改称しました。「パイロット」の名は大船の先頭に立って進む「水先案内人」を表し、当社社章の浮輪はどんな荒波にも不沈であれという「難関突破」の精神と、友情の固い絆を示しています。
その後、万年筆、シャープペンシル、ボールペン、マーカーを始めとする当社製品は、躍進を続け、「品質のパイロット」として海外でも広くご愛用いただき、パイロットの名は筆記具の代名詞と称されるまでに成長しました。
しかし、現在に至るまでの航海は決して安易なものではなく、幾多の荒波を乗り越えなければなりませんでした。
1989年(平成元年)に、事業の多角化とともに社名を「株式会社パイロット」に変更しました。また、2002年(平成14年)1月には、株式会社パイロット、パイロットインキ株式会社及びパイロットプレシジョン株式会社の3社で共同して株式移転により「株式会社パイロットグループホールディングス」を設立し、グループ内事業再編に着手しました。その一環として、2003年(平成15年)7月に株式会社パイロットグループホールディングスと株式会社パイロットが合併し、社名を「株式会社パイロットコーポレーション」に変更しました。この合併により、機動的な販売・商品企画・生産機能に、本来のグループ経営戦略機能を持ち備えた事業持株会社となりました。そして、2008年(平成20年)には、グループの生産機能と人材の早期融合を図り、筆記具事業のコスト競争力と技術開発力の向上を目指して、株式会社パイロットコーポレーションとパイロットプレシジョン株式会社が合併をいたしました。
当社はこれからも強いブランド力・高い技術力や商品力・優れた人材を武器に、グループの牽引役として大きく邁進してまいります。
1918年-2009年
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PILOTの歴史 |
日本/世界の歴史 |
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| 1918年 (大正7年) |
株式会社並木製作所を創業 万年筆製造、販売開始 |
第一次世界大戦終了 |
創立当時の本社(日本橋) ![]() |
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| 1919年 (大正8年) |
東京府下巣鴨平松に大塚工場(戦災のため売却)完成移転 |
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電車の中吊り公告![]() |
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| 1920年 (大正9年) |
国際連盟発足 |
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| 1923年 (大正12年) |
関東大震災 |
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| 1925年 (大正14年) |
和田・並木両創業者、欧米を視察 |
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| 1926年 (大正15年) |
ロンドン、ニューヨーク、上海、シンガポールに支店並びに出張所を開設 |
大正天皇崩御、昭和と改元 |
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大塚新工場第二期工事(鉄筋コンクリート造4階建)完成 |
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インキを全国的に販売開始 |
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東洋一の規模を誇った大塚工場 ![]() |
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| 1927年 (昭和2年) |
シャープペンシル製造、販売開始 |
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| 1930年 (昭和5年) |
ロンドン海軍軍縮条約で各国全権がパイロット蒔絵万年筆で署名 |
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ダンヒル会社と代理店契約調印後の晩餐会 ![]() |
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インキ製造特許取得ポスター ![]() |
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| 1931年 (昭和6年) |
満州事変 |
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| 1932年 (昭和7年) |
バランス型蒔絵万年筆 ![]() |
5.15事件 |
| 1933年 (昭和8年) |
ドイツにヒトラー内閣成立 |
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| 1935年 (昭和10年) |
志村工場(1966年東京工場に改称)を開設 |
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| 1936年 (昭和11年) |
2.26事件 |
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| 1937年 (昭和12年) |
盧溝橋事件、日中戦争始まる |
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| 1938年 (昭和13年) |
社名をパイロット萬年筆株式会社に改称 |
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| 1939年 (昭和14年) |
第二次世界大戦始まる |
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| 1940年 (昭和15年) |
日独伊三国同盟調印 |
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| 1941年 (昭和16年) |
太平洋戦争始まる |
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| 1943年 (昭和18年) |
イタリア無条件降伏 |
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| 1945年 (昭和20年) |
ドイツ無条件降伏 |
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| 1948年 (昭和23年) |
名古屋インキ工場、平塚工場(2011年平塚事業所に改称)を開設 |
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当時の平塚工場(2011年平塚事業所に改称) ![]() |
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文具品販売開始 |
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| 1949年 (昭和24年) |
湯川秀樹博士、ノーベル物理学賞受賞 |
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| 1950年 (昭和25年) |
名古屋インキ工場を分社化し、パイロットインキ株式会社を設立 |
朝鮮戦争始まる |
| 1951年 (昭和26年) |
対日平和条約、日米安全保障条約調印 |
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| 1952年 (昭和27年) |
大阪出張所(1998年関西支社に再編)を開設 |
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| 1954年 (昭和29年) |
ブラジルにPilot Pen Do Brasil S/A.を設立 |
防衛庁・自衛隊発足 |
| 1955年 (昭和30年) |
パイロットスーパー万年筆発売 |
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パイロットスーパーのポスター ![]() |
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| 1956年 (昭和31年) |
国際連合加盟 |
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| 1959年 (昭和34年) |
マーキングペン製造、販売開始 |
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| 1960年 (昭和35年) |
パイロット機工株式会社(1975年パイロットプレジョン株式会社に改称、2008年株式会社パイロットコーポレーションと合併)を設立 |
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| 1961年 (昭和36年) |
ボールペン製造、販売開始 |
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株式公開 東京証券取引所第二部上場 |
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| 1962年 (昭和37年) |
東京・大阪証券取引所第一部上場 |
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| 1963年 (昭和38年) |
ケネディ米大統領暗殺 |
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| 1964年 (昭和39年) |
関東支社(2001年東部支社に再編)、九州支社(1972年九州パイロットを設立、1998年九州支社に統合)を開設 |
東海道新幹線営業開始 |
| 1965年 (昭和40年) |
コンピュータリボン製造、販売開始 |
ベトナム戦争拡大、北爆開始 |
| 1966年 (昭和41年) |
ホワイトボード製造、販売開始 |
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| 1967年 (昭和42年) |
欧州駐在員事務所(1975年The Pilot Pen(Europe)GmbHに再編)を開設 |
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| 1968年 (昭和43年) |
パイロットエリートSのポスター ![]() |
川端康成、ノーベル文学賞受賞 |
| 1969年 (昭和44年) |
大橋巨泉によるエリートSのテレビCM「はっぱフミフミ」大ヒット |
東名高速道路全線開通 |
大橋巨泉によるエリートSのテレビCM放送 ![]() |
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| 1970年 (昭和45年) |
EXPO'70を記念してつくられたタイムカプセル ![]() |
日本万国博覧会開催(大阪) |
タイムカプセルに収納されたエリートS ![]() |
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| 1971年 (昭和46年) |
パイロットミュー701のポスター![]() |
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| 1972年 (昭和47年) |
アメリカにPilot Corporation of Americaを設立 |
第11回冬期オリンピック札幌大会開会 |
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貴金属・宝飾品類製造、販売開始 |
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| 1973年 (昭和48年) |
中四国営業所(2010年関西支社に移設)を開設 |
ベトナム和平協定調印 |
| 1974年 (昭和49年) |
佐藤栄作元首相、ノーベル平和賞受賞 |
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| 1975年 (昭和50年) |
ドイツにThe Pilot Pen (Europe) GmbH(2004年社名をPilot Pen (Deutschland) GmbHに改称)を設立 |
サイゴン陥落、ベトナム戦争終了 |
| 1976年 (昭和51年) |
水性ボールペン製造、販売開始 |
ロッキード事件 |
| 1977年 (昭和52年) |
特販部(2005年CS営業部に改称)を開設 |
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| 1978年 (昭和53年) |
伊勢崎工場、東松山工場(1988年東松山事業所に改称)を開設(東京工場移転) |
新東京国際空港開港 |
| 1979年 (昭和54年) |
イギリスにThe Pilot Pen Company(U.K.)Ltd.を設立 |
"ウォークマン"発売 |
| 1981年 (昭和56年) |
米、スペースシャトル"コロンビア"打上げ、帰還に成功 |
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| 1982年 (昭和57年) |
東北新幹線開通(大宮~盛岡) |
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| 1983年 (昭和58年) |
創立65周年記念万年筆「パイロット65」 ![]() |
東京ディズニーランド開園 |
| 1984年 (昭和59年) |
シンガポールにPilot Pen(S)Pte.Ltd.を設立 |
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香港にPilot Pen Co.,(Hong Kong)Ltd.を設立 |
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| 1985年 (昭和60年) |
プリンタ・サプライ事業部(2001年各支社へ業務移管)、宝飾営業部(2012年産業資材営業部に再編)を開設 |
日航ジャンボ機墜落事故 |
| 1987年 (昭和62年) |
フランスにPilot Pen(France)S.A.(2001年Pilot Corporation of Europe S.A.に改称)を設立 |
国鉄分割民営化、JR各社発足 |
| 1989年 (平成元年) |
社名を株式会社パイロットに改称するとともに、本社を京橋から五反田へ移転 |
昭和天皇崩御、平成と改元 |
| 1991年 (平成3年) |
湾岸戦争始まる |
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| 1992年 (平成4年) |
特機事業部(2012年産業資材営業部に再編)を開設 |
山形新幹線開通 |
| 1993年 (平成5年) |
台湾にThe Pilot Pen(Taiwan)Co., Ltd.を設立 |
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ゲルインキボールペンの製造、販売開始 |
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| 1994年 (平成6年) |
インドネシアにPT. Pilot Pen Indonesiaを設立 |
関西国際空港開港 |
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株式会社パイロットロジテムを設立 |
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| 1995年 (平成7年) |
阪神淡路大震災 |
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| 1996年 (平成8年) |
貿易部を海外事業部に改称(2009年海外営業本部に改称) |
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| 1997年 (平成9年) |
秋田新幹線開通 |
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| 1998年 (平成10年) |
中京支社を開設 |
第18回冬期オリンピック長野大会開会 |
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南アフリカにPilot Pen South Africa(Pty)Ltd.を設立 |
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創立80周年記念蒔絵万年筆「草紙絵」![]() |
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| 1999年 (平成11年) |
伊勢崎第二工場を開設 |
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スウェーデンにPilot Nordic ABを設立 |
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| 2000年 (平成12年) |
パイロット・ナミキ・ペン有限会社を設立 |
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| 2001年 (平成13年) |
株式移転による完全持株会社設立のため東京・大阪証券取引所上場廃止 |
米、同時多発テロ事件 |
| 2002年 (平成14年) |
株式移転により株式会社パイロットグループホールディングスを設立(東京・大阪証券取引所第一部上場)、その完全子会社となる |
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| 2003年 (平成15年) |
株式会社パイロットグループホールディングスと合併し、社名を株式会社パイロットコーポレーションに改称 |
イラク戦争始まる |
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東北支社を開設 |
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創立85年記念万年筆「飛翔天人」 ![]() |
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| 2004年 (平成16年) |
中国にPilot Pen(Shenzhen)Co., Ltd.を設立 |
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| 2005年 (平成17年) |
愛知万博(愛・地球博)開催 |
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| 2008年 (平成20年) |
パイロットプレシジョン株式会社と合併 |
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| 2009年 (平成21年) |
平塚工場(2011年平塚事業所に改称)建て替え |
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| 2010年 (平成22年) |
オーストラリアにPilot Pen Australia Pty. Ltd.を設立 |
ロゴの変遷
パイロットのロゴは大正・昭和・平成と時代を経ながらも多くの人々に親しまれてきました。時代に合わせた革新的なデザインが信頼される筆記用具を製造・販売してきた誇りを象徴しています。
| 大正7年創立時 |
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並木製作所として東京巣鴨に創立。 |
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| 大正8年~ 昭和13年 |
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関東大震災にもまけず、国内販売を種に活動しながら、海外でも特許を取得する。 |
| 昭和14年~ 昭和33年 |
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社名をパイロット萬年筆株式会社と改め、戦後の混乱を乗り切る。 |
| 昭和34年~ 昭和64年 |
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東京オリンピックによる好景気の中、東証一部に上場する。 |
| 平成元年~ 平成10年 |
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平成元年を迎え、社名を株式会社パイロットに変更。 |
| 平成10年10月~ |
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新コーポレートシンボル・ブランドロゴタイプを全世界で展開。 |
















