メイドインJAPANの蒔絵万年筆が、100年前に誕生した理由。

開発ストーリー

2021/07/28

メイドインJAPANの蒔絵万年筆が、100年前に誕生した理由。

今にも泳ぎ出しそうな金魚、華やかな牡丹...、漆で塗られた万年筆というキャンバスに、日本古来の蒔絵という技法でさまざまなモチーフを描いた万年筆。今も愛され続けるこの美しい製品は、どのようにして生まれたのでしょう。そんな蒔絵万年筆の魅力と誕生ストーリーに迫ります。

繊細な筆致に生命が宿る。
情感あふれる蒔絵万年筆の世界。

 皆さんは「蒔絵」という言葉から、どんなイメージを思い浮かべるでしょうか? 美術館でガラス越しに鑑賞する伝統工芸品? それとも蔵に眠る漆のお椀? あるいは骨董品店に並ぶ高級茶道具...? いずれにしても普段の生活で目にする機会はなかなかなくて、ちょっとハードルが高いもの、と感じている方が多いかもしれません。

 「かく、を読む」第1回目は、そんな蒔絵と蒔絵万年筆のことが、読み終えた後少しだけ身近に感じられるような、そんなお話をお届けします。

 日本古来の漆芸技法のひとつ「蒔絵」とは、漆を塗った上から金粉などを蒔いて文様を描く加飾技法です。身近な例をあげると、樹脂コーティングしたお椀に柄をプリントしたもの、またはマニキュアの上に描かれたネイルアートのようなデコレーション方法といえばイメージしやすいでしょうか。現代のように表面にプリントする技術がなかった時代、蒔絵は精緻なデザインを表現できるひとつの方法として活用されていました。


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 万年筆に漆を塗った上から、金粉を蒔いて文様を描く工程のひとつ。

 パイロットが創業初期から100年近くつくり続けている蒔絵万年筆も、漆塗りの万年筆に蒔絵の技法で図柄を描いた製品。蒔絵の最大の魅力は、緻密にして美しい描写と立体的な質感です。ページ冒頭の蒔絵で描かれた金魚の写真をご覧ください。金魚の視線、尾ひれや鱗の一枚一枚、水面の波紋など、細部まで描き込まれた筆跡の陰影から、金魚の息づかいさえ感じられるようです。

 蒔絵作品は、1日描いてできあがり! というわけにはいきません。「漆を塗る」「絵を描く」「金粉を蒔く」そして「研ぎ出す」という大きく4つの工程を幾度も繰り返しながら、多いものでは工程が130に及ぶものもあるのです。同時に複数本ずつ進めながらじっくり3、4カ月かけてようやく完成に至ります。

 どの工程も気を抜くことは許されません。もしも失敗してしまったら、また一からやり直し。気が遠くなりそうなほど、繊細で根気が求められる作業なのです。パイロットの筆記具の中でも、製作期間の長さは右に出るものがないといえるでしょう。

 そんなプロセスやさまざまな技法についてもひとつひとつご紹介したいところですが、ここではどうやら少しページが足りないようです。興味がわいてきた方は、「蒔絵万年筆 Namiki」公式サイトでご紹介していますので、ぜひゆっくりご覧ください。

 ではこの次に、そもそもパイロットがなぜ蒔絵万年筆をつくることになったのか。そのはじまりのお話をいたしましょう。

 
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漆で塗るという新しい手法が
蒔絵の下地となりました。

 蒔絵万年筆の誕生は、今から100年近く時計を巻き戻します。1920年代はじめ、創業して間もないパイロット(当時の社名は創業者の名前を冠した「並木製作所」)は、世界初の「純国産万年筆」を看板商品として大々的に打ち出し、東京・日本橋に店舗を構えていました。

 100年前の日本の様子を想像してみてください。大正ロマンのムードが漂うなか、西欧の文化が暮らしに浸透し始め、日本橋界隈はとても華やいでいました。また明治後半から大正期にかけて、人々は筆記具を毛筆からペンへ持ち替え、その新習慣が定着しつつあったのもその頃のことです。

 創業当初の万年筆は、樹脂製のエボナイト軸に自社製のペン先を取り付けたシンプルなスタイルでした。ただ、エボナイトには長時間日光にさらされると黄褐色に変色してしまうという欠点があったのです。そこで軸に施したのが「漆」でした。

 漆は、古くは石器時代の頃から日本にある天然塗料です。例えば木製の器に漆を塗ることで、耐水性はもちろん紫外線や湿気による表面の変色・艶落ちから木地を守る保護剤としての役割も果たしてくれるのです。万年筆にもその効果が得られるに違いありません。

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左:1926年当時の「ラッカナイト軸」の万年筆パッケージ。右:万年筆の軸の上に幾重にも漆を塗る手法は現在も変わっていない。

 その読みは当たりました。エボナイト軸の表面に漆を塗る手法が、想像以上に変色を防ぐのに効果的であることが分かったのです。この方法は「ラッカナイト法」と名付けられて、日本をはじめ欧米諸国でも特許を取得。創立以来の大ヒット商品となりました。

 ここまで読まれた方はもうお気づきかもしれません。そう、この漆で塗られたラッカナイト軸の万年筆は、図らずも蒔絵を施すことができる下地となっていたのです。そしてこの成功は、新たなチャレンジへと創業者たちの背中を押しました。

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日本の伝統文化を表現する
製品として生まれた蒔絵万年筆。

 パイロットは創業時、「いつか、日本から世界に誇れるものを送り出したい」という志を掲げてスタートしました。そのため早くから世界という市場を常に意識していたのです。当時欧米諸国の万年筆は、金属製の装飾がとても精巧でクオリティが高く、後からスタートした日本製はとても敵いそうにありませんでした。

 そこで当時の担当者の脳裏にひらめいたのが「蒔絵」でした。「日本の伝統工芸である『蒔絵』をラッカナイト軸に施せば、きっと欧米に負けない日本らしい万年筆になる! 」。こうして、当時第一線で活躍する蒔絵師に依頼して完成した蒔絵万年筆は、欧米の金属装飾の万年筆に引けを取らない、美しい仕上がりとなったのです。

 世界初、「蒔絵万年筆」の誕生です。

 万年筆という実用品にまるで芸術品のような蒔絵を施した品は、日本ではもちろん世界でも初。完成品を目にした人々は目を輝かせました。そして創業者たちはこの蒔絵万年筆を携えて、世界中の一流百貨店や高級品専門店をまわり、訪れる先々で「これだけのものが日本でできるのか! 」と賛美の言葉をもって迎えられることとなったのです。

 そしてのちに、英国王室御用達、アルフレッド・ダンヒル社との契約が決まり、1930年には「ダンヒル・ナミキ万年筆」と銘打って世界での販売が本格的にスタート! メイドインJAPANの蒔絵万年筆は、その名を世界へとどろかせることとなりました。

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左:パイロットの平塚工場にある工房「國光」。右:大正15年頃、蒔絵室で製作にあたる職人。

 それから今日にいたるまで途切れることなく、パイロットでは日本が世界に誇る蒔絵の技と精神を脈々と受け継いできました。今も、平塚工場の蒔絵工房をはじめ、金沢や輪島では、総勢30名もの蒔絵師・沈金師たちが日々蒔絵万年筆の製作にあたっています。この作家たちにまつわるエピソードも、実はとても興味深い話がたくさんあるのですが、それはまたいずれじっくりと。

 100年ほど前、時代の先端をゆく万年筆に、日本の伝統技である漆と蒔絵という組み合わせはとても斬新なチャレンジだったかもしれません。でも固定観念にとらわれないフレキシブルな発想が、新しいものを生み出す鍵を握っているのは、いつの時代も変わらないということを物語っているかのようです。

 いかがでしたか? 手が届かないと感じていた蒔絵万年筆を身近に感じていただけたでしょうか。どこかで蒔絵万年筆を見かけたらぜひ手にとってみてください。100年前の空気に想いを馳せられるかもしれません。

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