世の中にない書き味をめざして。ボールペンの可能性を広げる新たなペン先「シナジーチップ」誕生秘話。

2023/04/10

世の中にない書き味をめざして。ボールペンの可能性を広げる新たなペン先「シナジーチップ」誕生秘話。

これまで体験したことのないワンランク上の書き味を実現するべく、2016年に新たに開発されたボールペンのペン先「シナジーチップ」。ボールペンの心臓部ともいえるペン先の進化形を、世に送り出すまでに開発者たちが歩んできた軌跡を辿ります。

すべては、開発者たちの熱い想いから始まった!
従来の常識をくつがえす新たなペン先を求めて。

 生活になくてはならない筆記具、ボールペン。カラフルなインキやなめらかなインキ、握りやすいデザインや複数の機能を搭載した多機能ペンなど、さまざまなバリエーションがあります。

 ボールペンのペン先は一見すると、すべて同じように見えますが、よく見ると見慣れた円すい形の他にも、いくつかの形状があることに気がつきます。先端についている1センチに満たない小さな金属パーツのことを「チップ」といい、そのチップに内蔵された極小の超硬ボールが回転して、芯に入っているインキを外に引き出し紙に転写させることによって筆記することができます。小さいながらも重要な役割を担っているチップは、その形状によってもそれぞれ書き味の特長が異なります。


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 パイロットのボールペンでは、大きく分けるとチップの形状は3種類。まずは、一般的なボールペンの大半に採用されている円すい形状の「コーンチップ」、細書きに適したパイプ形状の「パイプチップ」、そしてこのストーリーの主役である新開発の「シナジーチップ」です。

 「コーンチップ」の特長はインキをたっぷり供給できることと強い筆圧でもしっかり書ける安定した書き心地、そして「パイプチップ」の特長は、ボールの摩擦抵抗が少ないため、細書きであってもなめらかな書き味を実現できることです。


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左から、コーンチップ、パイプチップ、シナジーチップ。


 では、「シナジーチップ」とはどんなチップなのでしょう? シナジーチップを開発することになったのは、2000年代に巻き起こった細書きブームを経て、細書きボールペンがすっかり定着していた2011年のこと。

 「まだ世の中にない新しいボールペンをつくりたい! ボールペンの可能性はもっと広げられるはず!」という開発者たちの熱い想いから、その研究は始まりました。

 そこで、まず目をつけたのが「特殊顔料ゲルインキ」です。「特殊顔料ゲルインキ」とは、発色がよく、黒い紙などの濃色紙にも書けると人気のパステルカラーやメタリックカラー、消せるボールペンのフリクションインキなどを言います。それらはインキ中の顔料粒子が通常より大きく、細書きに適したパイプチップではインキをスムーズに供給できないため、インキをしっかり供給できるコーンチップが使われていました。しかし、コーンチップで激細タイプをつくるために先端のボールを小さくすると、ボールを支えるホルダーと紙の距離が近くなって紙に当たりやすくなるため硬い書き味になってしまい、「細書きでなめらかな書き味」を求めるユーザーの声には応えられずにいました。

 そこで開発者たちはこれまでにない発想で、コーンチップとパイプチップそれぞれのよいところを融合させて、「どんなインキであっても細くなめらかに、かつ安定感のある書き味を持つ、まだ世の中に存在しない新しいペン先」をつくろうと考えました。

 
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基礎研究段階ではコーンチップにパイプチップを手作業で取り付けて試作品を作成。



コーンチップとパイプチップのハイブリッド型で
激細なのになめらか! を徹底追求。

 粒子の大きな特殊顔料ゲルインキに適した細書きのペン先を目指すために注目したのは、コーンチップのインキを安定して供給できる内部スペースの形状、そしてパイプチップの摩擦抵抗が少なくなめらかな書き味を実現する細書きに適したパイプの先端部分でした。そこでまずは、コーンチップにパイプチップの先端を取り付けた試作品をつくろうと動き出します。

   最初の難関は、製造方法が異なる2つのチップを、いかに一体化して第3のチップとして形にするかということでした。棒状の金属の塊を削り出して円すい状に成型するコーンチップと、細長いパイプ状の金属を加工するパイプチップでは、それぞれ材質と製造方法がまるで違います。厚みや強度など要素が異なるパーツをひとつのチップとして形にするまでには、さまざまな試行錯誤がありました。

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根本部分はコーンチップの形状、先端部分はパイプチップの形状、双方のよいところを活かしたまったく新しいフォルムのシナジーチップ。

 そして性能面で開発者たちを悩ませたのは、インキをペン先からしっかり出すことができて書き出しがよく、それでいてインキが漏れず、芯の中でインキが乾かないという真逆の目標を同時に成立させること。目指す性能を達成できるまで、ミクロン単位の激細先端チップへの地道なトライアンドエラーを幾度となく繰り返しました。

 スタートしてから約2年、ようやく狙い通りの新形状チップが完成。コーンチップとパイプチップの相乗効果(シナジー)を狙ったことにちなんで「シナジーチップ」と名付けられました。



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肉眼で見えないほど微細なペン先は、顕微鏡を覗きながら何度も検証を繰り返した。

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発売当時、パステル&メタリックカラーで世界最細0.4ミリの激細ボール径で、なめらかな筆記を実現したシナジーチップ搭載の「ジュースアップ」。



書き心地にこだわる人々に共鳴するシナジーチップは
ボールペンの新たなステージを切り拓く。

 長きにわたる研究を経て新形状チップのプロトタイプが完成すると、いよいよ商品化へ向けて量産するための生産ラインを構築する取り組みがはじまりました。プロトタイプでは成功したシナジーチップですが、1個単位でつくれても、数百万個単位で生産することに対して安定した品質を保証できなければ、世に送り出すことができません。

 新形状チップの製造設備を構築するのは、パイロットとしても約20年ぶり。量産体制を構築するにも高いハードルがありました。従来のチップと形状が異なるため、切削加工でつくるコーンチップとも、細長いパイプをカットしてつくるパイプチップとも異なる量産用の設備が必要で、これまでにない新しい生産ラインをつくらなければなりません。ミクロン単位の精度を要する緻密なチップの製造設備の構築は、まれにみる大掛かりなプロジェクトとなりました。工場ではあらゆるリスクを想定して厳しい規格値を設定し、量産・検証を繰り返します。これまでにはなかった新たな課題が次々と発生する中、製造設備の開発は3年間にも及び、改良に改良を重ねてようやく新しい生産ラインが完成。開発途中で試験生産されたチップは、数十万個にも及びました。



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左:全28色の「ジュースアップ」は、筆記耐久試験もカラフル。右:パステル&メタリックカラーは、黒など濃色の紙にもくっきり書ける。

 こうして完成したシナジーチップと新顔料ゲルインキを組み合わせた「ジュースアップ」を世に送り出したのは2016年夏のことでした。顔料ゲルインキでパイロット最細の0.3ミリ、特殊顔料ゲルインキのパステル&メタリックカラーでは世界最細の0.4ミリのボールペンが誕生したのです。

 細書きながらもなめらかな書き味でカラーバリエーションも豊富な「ジュースアップ」は、「これまでに体験したことのない書き心地!」と、筆記具により高い性能を求める人々の心をつかみ、通好みのペンとして話題を呼びました。

 そしてさらに3年が過ぎた2019年、同じく粒子が大きな消せるインキの「フリクション」シリーズにも搭載!「フリクションポイントノック04」が市場に躍り出たのです。そして2021年には、ビジネスシーンにも使える筆跡に光沢感のある「ジュースアップ クラシックグロッシーカラー」、2022年には、色が変わるインキの「イルミリー カラー トゥー カラー」が登場。特殊な顔料インキを搭載した激細ボールペンが次々と生まれ、人々に受け入れられています。

 シナジーチップが誕生するまでは、パステルカラーやメタリックカラーは筆記幅が太めなのでデコレーションとしての用途がメインで、小さい文字を書く手帳やノートなど日常使いとして文字を書くことに使われることはあまりありませんでした。これまで実現できなかった「特殊顔料インキの細書きボールペンとなめらかな書き味の両立」を可能にしたシナジーチップ。この新たなペン先誕生によって、ボールペンの可能性は格段に広がったのです。

 シナジーチップという小さな存在がボールペンの新たな領域を広げ、さまざまな市場へと展開。まだ誰も見たことのないボールペンの未来へ、ますます期待が高まっています。



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