史上初、万年筆の常識をくつがえしたキャップのない万年筆「キャップレス」の開発秘話。

2023/11/24

史上初、万年筆の常識をくつがえしたキャップのない万年筆「キャップレス」の開発秘話。

1963年にセンセーショナルなデビューを飾った、キャップのない万年筆「キャップレス」は、2023年で発売から60周年を迎えました。世界にその名をとどろかせた「キャップレス」が進化を重ねながら今日まで愛され続ける魅力と、その開発ストーリーをお届けします。

高度経済成長の最盛期に、
歴史的新製品の発明をめざして。

 いまやパイロットを代表するロングセラー商品のひとつとなった万年筆「キャップレス」。万年筆でありながらキャップがなく、ノック式ボールペンのようにワンノックですばやく書くことができて、ペン先収納時は気密性の高いシャッター機構によりインキの乾燥を防ぐことのできる機能的な筆記具です。「キャップのない万年筆」という発売当初からのコンセプトは変わらずに、時代とともに機能性やデザインなど進化しながらシリーズバリエーションを広げてきました。
※ノック式のほか、回転式やノック&ツイスト式の商品もあります。


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ノブをノックすると、内部のシャッターが開いてペン先が出てくるしくみ。


 そんな「キャップレス」の開発がスタートしたのは、高度経済成長の真っ只中である1960(昭和35)年のことでした。戦後復興の象徴的な存在である東京タワーが1958年に完成し、東京オリンピック開催や東海道新幹線の開通へ向けて日本中がめざましい発展を遂げていた時代です。テレビなどの家電製品が一般家庭にも普及し始めて、即席ラーメンやインスタントコーヒーがヒットし、より便利でより効率的なものを求めるムードがどんどん高まっていました。

 文具業界では万年筆「パイロットスーパー」の発売(1955年)で、パイロットは万年筆市場に一時代を築いていました。一方で貿易の自由化によって欧米メーカーの万年筆が次々と輸入されて市場をにぎわせ、万年筆に代わる実用ペンとしてボールペンやシャープペンシルなどの新しい筆記具が登場し始めます。

 パイロットでもボールペンなどの万年筆以外の筆記具の開発を進める一方、「パイロットスーパー」を上回る未来型の万年筆開発へ向けてさまざまな構想を温めていました。そのうちのひとつが、「キャップのない万年筆」というアイデアです。万年筆が世に登場した1800年代初頭から、「万年筆にキャップがある」ということは150年間変わることのない常識でしたから、「キャップのない万年筆」というコンセプトは、世界に先駆けたまったく新しい発想だったのです。

 そもそも万年筆という筆記具は、キャップをせずに放置しておくとインキが乾燥して書けなくなってしまうため、ペン先の保護とインキの乾燥防止のために気密性のあるキャップは不可欠なものです。書くためにはキャップを外すアクションが必要となり、何かを書こうと思い立って書き出すまでにはタイムロスがありました。また、ペンを胸ポケットに挿している時に、誤って服をインキで汚すこともあり、これらは万年筆が長年抱えていた課題でした。

 こうした課題をクリアする夢のようなアイデア実現へ向けて、1960年、のちに万年筆の歴史を大きく変えることになる「キャップレス万年筆」の開発プロジェクトがスタートしました。


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特殊なステンレス加工に必要な水素炉までも開発!
すべては夢のアイデアを実現するために。

 より便利でスムーズに万年筆を使うために、今まで必要不可欠だった「キャップ」をなくすにはどうすればよいのか、技術者たちはさまざまなアイデアを出し合いながら検討を重ねます。

 「キャップがなくてもインキが漏れたり乾いたりしないためにはどんな機構が必要か? 」「ペン先を本体軸の内部に収納できる構造にしてはどうか? 」「ならば、キャップの代わりになる仕組みが内部に必要だ」。考えれば考えるほどクリアすべき課題は山積みとなり、大きな壁となって開発チームの前に立ちはだかりました。

 こうしたアイデアを同時に成立させるには、ペン先をスムーズに出し入れできるメカニズムとインキ漏れや乾燥を防ぐ高い気密性の確保が大前提となります。細い本体軸内のとても狭いスペースに、これらすべての機構を搭載するのは決して簡単なことではありません。

 技術者たちはアイデアを一つひとつ図面に書き起こし、いくつもの試作品を手作業でつくります。ノック式やスライド式、回転式といったペン先を出し入れする方法をはじめ、キャップの代わりに気密性を保持するためのフタの開閉法やインキ供給法についてもさまざまな仕様を検討し、これらのアイデアを組み合わせて試作を行いましたが、なかなか満足のいく結果を得られませんでした。

 年が明けて1961年、いくつものパターンによる試作の末に設計プランを絞り込み、金型と機械を使った本格的な試作品がついに完成。それは、軸を回転させることで内部のネジの力でペン先が繰り出され、ベルトスライド式でフタが開閉する仕様でした。そのプロトタイプを社内で発表すると、これまで見たことのない「キャップのない万年筆」に歓声が上がりました。


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 第一次設計モデルで基本的な機構が決まったものの、まだまだ大きな課題が残されていました。プロトタイプでは内部機構の素材に黄銅(真鍮)を採用していましたが、インキの成分に対する錆びにくさや、繰り返しペン先を出し入れする操作による耐久性という点においては素材として不十分だったのです。

 黄銅に代わる素材としてプラスチックやアルミも検討されましたが、やはり一番適しているのは強度のあるステンレスでした。しかし、ペン先を何度も出し入れする可動部の部品は直径が小さい上、複雑な動きをスムーズに行うには高精度な加工が求められます。しかも板状のステンレスを精度の高いパイプ状に加工するには、「ステンレス深絞りプレス」という難易度の高い製法を導入しなければなりません。

 この金属加工に欠かせない特殊な熱処理を施すには、当時まだほとんど普及していなかった水素炉が必要でした。そこで開発者たちは自ら部品を買い集め、なんと手づくりで少量試作用の水素炉を製作したのです。そしてその水素炉で何度も何度も失敗を繰り返しながら、数カ月後ついに、ステンレス製の新機構を搭載したプロトタイプを完成させます。開発者たちの執念にも似た強い思いと並々ならぬ努力によって実現したステンレス加工技術が、一時は不可能にも思えた「キャップのない万年筆」開発の大きな鍵となりました。

 1962年、開発の舞台が試作室から工場へと移り、いよいよ生産ラインを構築する段階に入ります。量産へ向けてチームが編成され、量産品としての品質や生産効率をクリアするために、精度、耐久性などさまざまな側面から生産準備が進められていきました。

 少量の試作では高精度なステンレス加工を実現できましたが、量産化するには微細な手直しや調整が必要で、問題が起こるたびに開発者や工場の技術者たちがさらなる検討を重ねていきます。こうして多くの困難な局面を乗り越えて量産準備が整ったのは、開発が本格的にスタートして3度目の夏を迎えた1963年のことでした。

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メイドインジャパンの「キャップレス」が
世界の舞台で名声を博す。

 1963年11月、「キャップがないのでひとつの動作でスピーディに書き出せる」「気密性が高くインキのボタ落ちがない」「内部機構は耐久性に優れるステンレス製」など、さまざまな新機能を備えた画期的な新製品、キャップのない万年筆「キャップレス」を発売。国内だけでも50紙余りの新聞で報じられ、日本中の注目を集めます。そして、ペンの軸を回転させると先端のシャッターが開いてペン先が出現するTVコマーシャルは、未来を感じさせる映像として見る者を引きつけ、人々を文房具店へと走らせました。こうして華々しいデビューを飾った「キャップレス」は、瞬く間にヒット商品となったのです。


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発売当時のパンフレットやポストカード、販売マニュアル、POPや什器などの販促ツール。キャップレスに関する特許、実用新案、意匠登録出願件数は90件、日本国外の特許出願は9カ国にのぼった。


 技術者によるアイデアの着想から6年、多くの困難を乗り越えて市場に一大旋風を巻き起こしたキャップレスは、翌1964年には回転式に続いてノック式も発売され、国内でグッドデザイン賞に選出されました。さらにはパリの国際ギフトフェアへ出品すると、数千点の出品商品を押さえて最優秀賞のオスカーを受賞。「世界でもっとも斬新でアイデアと魅力に富んだ商品である」という栄誉を手にしました。そして1965年には、生産技術が評価され、日本の生産工学において権威ある賞のひとつ、大河内記念技術賞も受賞しました。

 まさに、「万年筆といえばキャップレス」といわれるほどのムーブメントを巻き起こしたキャップレスですが、当時の情報誌に綴られた手記には、このような言葉が残されていました。

 「しかし、キャップレスとて筆記具の完成品ではない。より便利で合理的な新しい筆記具が次の時代に必ず生まれてくるだろう。人が考えることをやめない以上、物を書くことはすたれないだろうし、同時に人々はより便利な筆記具を要望しつづけるだろう。そしてその要求がある限り、筆記具もますます発展の道をたどっていくことだろう」

 「キャップレス」にとどまらず、筆記具の未来を予測するこの言葉のとおり、それ以降もパイロットは画期的な筆記具を次々と生み出し、キャップレスもまた、開発当初から今日に至るまで進化し続け、現在もたくさんの人々に愛用されています。



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