大胆かつ優美な文様を描く、九谷焼の「上絵付」

2024/04/19

大胆かつ優美な文様を描く、九谷焼の「上絵付」

かく(書く・描く)ことを経て、何かを生み出すさまざまな仕事を紹介するコーナー「かく、仕事。」。第2回目は、約370年の歴史を誇る伝統工芸である九谷焼、その絵付師の筆先から生み出される手仕事に迫った。


美しい色絵装飾を描く「上絵付(うわえつけ)」という技

 石川県の伝統工芸「九谷焼」は、日本を代表する陶磁器のひとつだ。陶磁器に詳しくないという人でも、一度はその名を耳にしたことがあるのではないだろうか。

 九谷焼は加賀藩のもとで花開いた工芸のひとつとして、17世紀半ば(江戸時代初期)に九谷村(現在の加賀市山中温泉九谷町)で開窯。約370年の時を経て現代に受け継がれている伝統工芸である。5色(緑・黄・朱赤・紫・紺青)の絵の具を使った「五彩手(ごさいて)」など、鮮やかな装飾が特徴的な九谷焼の魅力は、なんといっても大胆かつ華やかな上絵付にある。その上絵付の工程を担う職人が「絵付師」だ。



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九谷焼ついて詳しくはこちら(外部リンク:KAM能美市九谷焼美術館)〉〉〉

 絵付師という仕事の魅力に迫るべく、KAM 能美市九谷焼美術館前に広がる九谷焼団地にある絵付工房「大志窯」を訪れた。明治後期の創業以来、伝統的な九谷焼の手法をベースに、時代に合わせたエッセンスを取り入れながら九谷焼づくりに代々取り組んできた窯元だ。1階は、製作した商品の直売店「山近商店」、2階は「大志窯」の工房となっている。

 彩り豊かな器が並ぶ店舗を通り抜けて奥の階段から2階へ上がると、心地よい午後の光が差す空間で、一心に筆を走らせる絵付師たちの姿があった。この工房では、伝統工芸士である三代目の山近祥さんと四代目の泰さんを中心に、伝統的な古九谷(※1)や再興九谷(※2)の写し、そして大志窯オリジナル作品を手掛けている。



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 ここで九谷焼における「写し」について少し説明したい。写しとは文字通り複製という意味合いだが、伝統的な図案を単にプリントした複製品という意味ではない。古九谷や再興九谷は大変希少価値があり、名工の作品は美術館収蔵品となっている。こうした伝統的な図案は人気が高く、顧客の求める声も大きいため、熟練した絵付師の手でオリジナルを忠実に再現した作品が「写し」と呼ばれているのだ。写しもオリジナルも製造工程は全く同じで、かける手間に変わりはない。古今東西を問わず、どんな工芸においても伝統的な図案のオマージュ作品を文化として継承することは珍しくなく、九谷焼における「写し」も同様だ。本物思考の顧客を満足させるクオリティが求められると同時に、一流の職人としての技を磨き続けるための習作であるとも言える。

※1 古九谷:17世紀半ばから50年ほどの限られた期間に九谷村でつくられた陶磁器。華麗な加賀百万石文化らしい五彩手や青手など九谷焼を象徴する「色絵九谷」の手法が特徴。
※2 再興九谷: 18世紀に一度途絶えた九谷焼が19世紀に入って再興の風潮が高まり、九谷村や加賀藩の城下町、金沢で再開。庄三風をはじめとするさまざまな様式が生まれた。この時代につくられたものが「再興九谷」と呼ばれる。



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左:伝統的な図案の写しによる器の完成品。右:1階の店舗奥には焼成窯がある。



 工房内には、これから絵付が施されるさまざまな形の器が並んでいる。ちょうど図案の輪郭線を描く「骨描き(こつがき)」をしていた四代目の泰さんに、作業を見学させてもらいながらお話を伺った。



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九谷焼の制作プロセス。左から素焼き→本焼き→骨描き→彩色→上絵窯による焼成。今回主に取材させてもらったのは左から3番目の「骨描き」の工程。

 
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作品の仕上がりを左右する大事な工程、「骨描き」

 「この骨描きは、真っ白な器に骨格となる線を描き入れるとても重要な工程です。まずは準備段階として下描きをします。『竹紙(ちくし)』と呼ばれる薄紙に鉛筆で図案を描いて紙を裏返し、カイロ灰(※3)を水で溶いた液をつけた筆で、透けて見える鉛筆の線をなぞります。その後、カイロ灰でなぞった面を器に押し当ててこすり、図案を転写。これで、下描きの出来上がりです。1枚の竹紙で5~6枚の転写が可能ですが、大量に同じ器をつくる時は、竹紙への下描きだけでもかなりの枚数を描かなければなりません」

※3カイロ灰:昔の携帯カイロに使用されていた専用炭。下描き時に転写用として使用される。



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左:竹紙の裏面にカイロ灰で描いた図案を器に転写し、下描きとする。



遠目からは「色で魅せ」、手元では「線で魅せ」る九谷焼の妙

 次に、能登呉須(のとごす)と呼ばれる顔料を番茶(※4)で溶きながら、墨をするようにガラス板の上でしっかりすったものを細い筆につけ、先ほどの下描きをなぞるように輪郭線を描いていく。これが九谷焼の図案の骨格となる「骨描き」である。この上から彩色を施すのだが、焼成前の上絵の具はどの色も不透明(※5)のため、一旦彩色を終えると骨描きの線は隠れて見えなくなる。しかし、これを800~1000℃の上絵窯で焼成すると、上絵の具に含まれるガラス質の成分が溶けて透き通り(※6)、鮮やかに発色して透明感のある色彩と共に隠れていた輪郭線が再び現れるのだ。

※4:お茶に含まれるタンニン酸が、呉須の発色と素地への定着を良くする役割をする。
※5:焼成前は不透明で仕上がり色と異なる上絵の具は、珪石や白玉(ガラス質)などのベース原料に、色によって異なる着色物質(鉄や銅など)を配合してつくられる。
※6:五彩のうち赤以外の4色は焼成すると、ガラス質の透明感のある色彩となる。赤は焼成してもガラス質にならない。



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上左:能登呉須と呼ばれる顔料を乳棒でする作業。右:骨描きを終えた器。下:愛用の筆は、京都の工房で特注したこだわりの道具。

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左:上絵の具の彩色後は骨描きの線が隠れて見えなくなり、仕上がり色が想像できない状態になる。右:焼成後は、鮮やかに発色して透明感が生まれ、骨描きの線も活きる。



 九谷焼における「線」とはどんなものなのか、泰さんに尋ねると、

「九谷焼の作品は、遠目からは『色で魅せ』て、手元で見る時は『線で魅せ』るものだと思います。上絵付の工程の中でも、線を描く作業はとても多く、作品の出来は骨描きの線で半分以上が決まります」

 そしてもうひとつ、上絵の具の配合も九谷焼の絵付師にとって大事な仕事だ。焼き上がった時、透明感のある色の奥に骨描きの線が透けて見えるようにするためには、上絵の具の成分配合バランスが最も重要で、五彩の中でも緑は特に大事な色で配合が難しい。泰さんも長年独自の配合に取り組んでおり、自身が表現したい緑を実現するために何千種類もの色見本をつくり、いまも探求し続けているのだと語る。



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上左:材料を配合してつくられる上絵の具。上右:独自の配合による色見本。緑だけでも多くの種類があり、0.1グラム単位で調合を変えて自分の色をつくる。下:配色のイメージはラフスケッチに彩色して決めていく。

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筆には筆の、ペンにはペンの味わいがある

 この仕事に就いて20余年、伝統工芸士として第一線で技に磨きをかけ続けている泰さんが、絵付師として筆を持つようになって初めてわかったことがあるという。

 「実はこの仕事に就くまで、筆を持ったこともなかったんです。でも、絵付をするようになってから、線が持つ重要さと面白さに気がつきました。この仕事では、器に描く線はもちろん、ラフスケッチや量産品をつくるための下描き図案までさまざまな線を描く機会があります。筆で描く線、鉛筆やペンで描く線、そしてパソコン上で引く線も含めて、どんな『線』もすべて個性があり、興味が尽きません。筆には筆の、ペンにはペンの味わいがあってそれぞれに面白いということが、ようやくわかってきました」

 さまざまな「線」の味わいに魅せられた泰さんは、作品に対する思いをこう続ける。

 「現代の九谷焼のつくり手には、大きくふたつの流れがあります。古九谷や再興九谷の名作の写しや日常使いできる量産品をつくる「絵付職人」と、伝統工芸の流れを汲みながらもオリジナリティの高い作品をつくる「作家」です。私はその両方に取り組んでいるわけですが、絵付職人には同じ図案を手早く正確に描く技術が求められ、一方、作家としてオリジナル作品を描く時は、線そのものに自分の思いをのせて、緩急の抑揚をつけるなど個性的なタッチで描いています。作家として描く線には、やはり特別なこだわりがありますね」



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絵師は、毎日筆を持たなければ上手くならない

 最後に、泰さんに絵付師という仕事の魅力を聞いた。

 「絵付師という仕事の最大の魅力は、自分の思い通りに自由に表現できること。九谷焼には五彩手の他にも赤絵や金彩などさまざまな装飾技法がありますから、自分がめざす表現に合った手法を模索できることは大きな魅力ですね。今は伝統的な技法を生かして、誰が見ても『九谷焼』だと認識できるものでありながら、オリジナリティのあるアート性の高い作品づくりをめざしています」と未来を語った。



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 工房を後にする際、三代目の祥さんが、即興で色紙に絵を描いてくださった。熟練した職人の迷いのない筆運びで、あっという間に、真っ白な色紙の中にみずみずしい花の姿が描き出される。

 我々の感嘆の声に対し、筆を走らせながらポツリと言葉が漏れる。
「絵師は、毎日筆を持たないと上手くならんから」

 祥さんは日頃からスケッチブックを持って出かけ、山野草や自然を描くことを習慣にしているのだとか。絵付師としての技は、陶磁器の上だけでなく、日常のいたる場面で磨かれているのだ。

 長い歴史の中で多くの絵付師たちが描いてきた数々の筆致、そしてその流れを汲む現代の職人や作家による絵付の営み……、時代によって背景やスタイルは変われども、手で「描く」ことを通して九谷焼は脈々と受け継がれている。



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取材協力:KAM 能美市九谷焼美術館

日本を代表する伝統工芸、九谷焼の名品を鑑賞できるKAM 能美市九谷焼美術館 | 五彩館|では、「紺青」「朱赤」「紫」「緑」「黄」の五彩に分かれた館内で、江戸時代から続く数々の名品の常設展示のほか、随時特別展を開催。名品鑑賞はもちろん九谷焼の制作工程や歴史を学ぶことができるほか、九谷焼が生み出される現場を見学できる|職人工房|や、絵付などを体感できる|体験館|など、九谷焼をあらゆる角度から楽しめる。

KAM 能美市九谷焼美術館 公式HPはこちら 〉〉〉KAM 能美市九谷焼美術館

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取材協力:九谷焼大志窯 山近商店

専門店が軒を連ねる九谷焼団地の一画にある「大志窯 山近商店」は、明治後期創業の九谷焼の窯元。以来百数年、先人の伝統を守りながら、日用食器からインテリア用品まで、生活に密着した陶器を一点一線丹誠込めてつくり続けている。

九谷焼大志窯 公式HPはこちら 〉〉〉九谷焼大志窯
山近商店 公式HPはこちら 〉〉〉山近商店



参考文献:『九谷焼 産業と文化の歴史』矢ケ崎孝雄 著(日本経済評論社) / 『日本陶磁大系 22 九谷』西田宏子 著(平凡社) / 『日本の焼きもの 窯別ガイド 九谷』寺尾健一 著(淡交社) / 『やきもの事典』成美堂出版編集部 編(成美堂出版)



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この度の令和6年能登半島地震により被害を受けられた皆様に心よりお見舞い申し上げます。
被災地の一日も早い復旧を心よりお祈りいたします。
*今回の取材は、2023年12月に行ったものです。

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