消せるボールペン「フリクション」開発ストーリー。【後編:透明になる筆記具インキとして 2002年~2024年】

2024/08/23

消せるボールペン「フリクション」開発ストーリー。【後編:透明になる筆記具インキとして 2002年~2024年】

1970年、一人の研究者のひらめきから始まった温度で色が変わるインキ「メタモカラー」。当初、色の変化を楽しむ印刷用インキとしてさまざまなアイテムに展開しながら研究が続けられ、30年以上の時をかけて筆記具に利用できるところまで進化を遂げました。後編では、消せるボールペン「フリクション」誕生から現在までの物語をたどります。
〉〉〉前編 1970年〜2002年

2002年~2006
「色を透明にする」というインスピレーション

 「『イリュージョン』のようにカラー・トゥ・カラー(色が変わる)ではなく、カラー・トゥ・カラーレス(色を透明にする)のボールペンはできないのか?」

 それは、2002年に発売した、こすると色が変わるボールペン「イリュージョン」を目にしたパイロットのヨーロッパ会社のマーケティング担当者が、メタモカラー開発責任者に発した一言でした。「色を透明にできるなら、それはつまり筆跡を消せるということだ。『消せるボールペン』をつくれば必ず売れる商品になるだろう」。その声は確信に満ちていました。ヨーロッパの人々の潜在的なニーズに対してメタモカラーの技術が合致した瞬間です。

 その背景には、ヨーロッパ独自の筆記文化がありました。ヨーロッパでは、日本のように学習時に鉛筆を使う習慣がなく、鉛筆やシャープペンシルは絵を描くときの画材のひとつでした。特にフランスではかつてすべての小学校で万年筆の使用が義務化されており、学習時に万年筆やボールペンなどインキのペンを使う文化が浸透していたのです。インキを使用したペンで書き間違えた場合は消しペン(消去液)で消すことができましたが、すでに消去液が染み込んでいる同じ場所には、同じペンで書くことができません。書き直すには別の専用ペンを使う必要がありました。フランスをはじめとするヨーロッパの子どもたちは、書いて消してまた書くには、少なくとも3本のペンを使わなくてはならなかったのです。


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ヨーロッパの学校教育の光景を変えた「フリクション」

 時を同じくして日本の研究者たちは、メタモカラーを筆記具へ応用するための最後の難関、「変色温度幅のさらなる拡大」に挑んでいました。温度幅40℃(0~40℃)では、場所や環境によって夏季は気温が40℃以上、また寒冷地では0℃以下になるため、色を保つことができません。日常の温度変化に影響されない温度幅のインキを目指して、検証・実験の日々が続きました。

 そして、温度幅85℃(マイナス20~65℃)で色を保つことができる新しい変色温度調整剤の開発に成功しました。これだけの温度幅があれば、生活環境において思いがけず筆跡が消えたり現れたりすることはありませんし、色が透明になる(筆跡が消える)温度が65℃であれば、力の弱い子どもでもラバーでこすれば摩擦熱によって簡単に消すことができます。ついに、メタモカラーを搭載したボールペン実用化に必要な最後の条件をクリアすることができたのです。


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1000種類以上つくられた変色温度調整剤。研究・実験・検証結果の記録は膨大な量に及んだ。


 2004年、「消せるボールペン」の商品化が決定し、本格的にプロジェクトが始動しました。研究室の小さなビーカーでつくる量で新しいインキの性能を実現できても、生産ラインで同じ品質のインキを大量に生産するのは至難の業。研究室と工場を往復しながら、量産品として通用する品質の追求が続けられます。

 一方ネーミングは、摩擦を意味するフリクション(friction)と革新性や力強さを象徴する「X」による造語、「FRIXION BALL(フリクションボール)」と名づけられました。

 ヨーロッパでの先行発売が決まった「フリクションボール」は、若者の間で流行していたタトゥー柄がボディのデザインに採用されました。サッカー人気の高いヨーロッパでは選手の多くがタトゥーを入れており、子どもたちにとって憧れのモチーフだったのです。これも日本との文化の違いを物語るエピソードのひとつです。

 2006年に満を持してヨーロッパでデビューした、消せるボールペン「フリクションボール」は大きな反響を呼び、大ヒット商品となりました。「書いた文字を消しペンで消して、また別のペンで上書きする」という、それまでの学校教育に当たり前にあった光景を、1本できれいに書き消しできる「フリクションボール」が大きく変えることとなったのです。


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2006年~2024
日本市場で「第4のインキ」カテゴリー創出へ

 ヨーロッパでのヒットを受け、日本での発売は翌2007年に決まりました。

 消しゴムで消すタイプの「消せるボールペン」は、過去にもパイロットを含む多くのメーカーから発売され、中にはヒットした商品もありました。そうした背景から、日本でも「消せるボールペン」のニーズは存在していたのです。しかも、摩擦熱で消せる「フリクションボール」は、従来の消しゴムで消せるタイプとは違い、消しカスが出ず、紙も傷めず、なにより消し残りなくきれいに消せることが好印象で、市場に受け入れられる条件が揃っていました。

 日本での販売にあたって見直されたのは、「誰に使ってもらうのか」ということ。筆記文化がヨーロッパと異なる日本では、シャープペンシルをよく使う学生よりも、日頃からボールペンを使うことが多いビジネスパーソンへ向けた商品として発売することとなりました。

 そして「フリクションボール」発売に先駆け、まずは国内市場の反響をみるため、大手文具店で3日間のテスト販売を行いました。3000本を用意して挑んだところ、営業担当者の想像をはるかに超える長蛇の列ができ、予定の3倍近く売り上げる記録を打ち立てることとなったのです。

 テスト販売での手応えを踏まえ、2007年3月、満を持して国内での販売が開始されると大きな反響を呼びました。

 そして発売のわずか半年後には、ボール径0.5mmの極細字タイプが発売されます。0.7mmの国内販売準備と並行して、0.5mmの開発がすでに進められていたのです。

 アルファベット圏のヨーロッパでは太めの字幅が主流だったため0.7mmで販売を開始し、日本でもそのまま0.7mmで発売されました。ただ、画数が多い漢字圏の日本では、水性ボールペンの主流は0.5mmだったのです。ただでさえ粒子の大きいフリクションインキが、0.7mmよりも細い0.5mmのペン先を通過するためには、さらなる技術改良が必要でした。0.5mmでもユーザーの満足度を損なわないよう、インキ成分に改良が加えられ、発売へと至ったのです。

 また、シリーズのターニングポイントとなったのは、2010年の夏に発売されたノック式の「フリクションボールノック」です。日本において特に浸透しているノック式の開発は、当然のことながら初代モデル発売前から想定されていました。しかしキャップのないノック式を実現するには、常に空気に触れていても乾かず、品質を保持できるインキとペン先の開発が不可欠です。もともと粒子が大きなフリクションは、ペン先とボールの隙間が大きくインキが乾きやすいため、ノック式専用のインキ開発は困難とされていました。そんな状況の中でも、ペン先の内部形状を高精度に加工するべく試行錯誤を重ね、開発に成功しました。さらには、3色ボールペン「フリクションボール3」の実現も可能となり、フリクションシリーズは普段使いのペンとして一気に市場に浸透していったのです。

 発売から18年以上にわたって開発されてきたアイテムは40近くを数えます。ボールペンのバリエーションはもちろん、それ以外の筆記具も数多く誕生しました。蛍光ペンや色鉛筆、カラーペンやスタンプなど次々と新アイテムを市場に投入し、使う人のニーズに応えながらさまざまな商品を展開してきました。そして2022年にはインキの色を濃くした「フリクションボールノックゾーン」、2024年3月にはついに、フリクション史上最細のボール径0.3mm「フリクションシナジーノック03」へと進化し続けています。こうしてフリクションシリーズは、油性インキ、水性インキ、ゲルインキに続く「第4のインキ」カテゴリーをボールペン市場に創出したのです。


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2024年~
「フリクション」が生み出す未来

 「フリクション」は、「書いて記録する実用的な道具」だったボールペンを、書いては消し、消してはまた書きながら、考えを深めたり、アイデアを練り上げたりする「考える道具」へと昇華させました。「フリクション」誕生前後に、ちょうどスマートフォンが発売され、世の中の価値観が大きく変わったように、筆記具の常識も大きく変化したのです。

 多くの人々の手で商品化が実現し、さまざまなアイテムへと展開してきた「フリクション」。新たな進化に向け、私たちはこれからも挑戦を続けます。

〉〉〉温度で色が変わるインキの発明。(前編を読む)



製品情報はこちら 〉〉〉こすると消える「フリクション」



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