音楽プロデューサー 松任谷 正隆 さん 「手書きの譜面や文章には、作者の『顔』がある」

2022/01/07

音楽プロデューサー 松任谷 正隆 さん 「手書きの譜面や文章には、作者の『顔』がある」

音楽プロデューサー 松任谷 正隆 さん インタビュー

1970年代からミュージシャン、作曲家、アレンジャーとして日本のポップ・ミュージック界を牽引してきた松任谷正隆さん。音楽プロデューサーとしてはもちろん、モータージャーナリスト、文筆家など多彩な顔を持つ松任谷さんにとって、手で書くことは切り離せない行為のひとつだといいます。そんな松任谷さんに手書きにまつわるエピソードや万年筆へのこだわりについてお話を伺いました。

「手書きのスコアは具体的で立体的。
自分の情感っていうのかな、それが見えるんですよ」

― 松任谷さんは普段、作曲や編曲をするときはどのようにされているのでしょうか?

譜面は昔からずっと手で書いています。ピアノを習っていた子どもの頃からそうですね。聴音ってあるでしょう? ドミソとかドファラとか五線紙に音符を書きとったりするの。その流れで、子どもの頃にもダサイ曲ならつくったりしてましたよ(笑)。


― 曲をつくるときは、ピアノなど楽器を弾きながら譜面を書くのですか?

僕は楽器を弾きながらじゃなくて、頭の中に思い描いた音を五線紙に直接に書いていきます。編曲家は、スコアといっていろいろな楽器のパートの譜面をいっぺんに書くんですよ。こうした曲づくりでは文章を書くよりも消したり、やり直したりすることが多いから、手書きの方がより音がイメージと直結するというか、ダイレクトにメロディを書き込んでいけるのがいいですね。

いまはデジタルのソフトもあるけど、操作してるうちに音がどっかにいなくなってイメージが飛んじゃうから使いません。僕らの業界では手書きの人が多いんじゃないかな。



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「手書きは、でき上がった譜面の上に自分の気持ちが投影される」。


― なるほど、文章や絵をかく世界ではデジタル化が進んでいますが、作編曲では手書きの方が多いのですね。

手書きなら譜面を並べて曲全体を俯瞰で見られるし、具体的で立体的。真っさらな五線紙は何も区切られていないけれど、小節の取り方というか、どこら辺に重きを置いているか分かるし、自分の情感っていうのかな、自分にしか分かんないけど、それが見えるんですよ。

デジタルだと無機質なおたまじゃくしが並んでいるだけで、曲の内容はさておき作者の顔が見えない感じがします。文章も譜面も、手書きのものには「顔」があるのって分かります?


― 個性みたいなものでしょうか?

そう。自筆の文字だと、紙面に表情が生まれるじゃない。だから譜面にも、一つひとつの音符とは別の、記号が並んでできあがる平面としての顔みたいなものが生まれて、手書きの楽譜の中に自分の気持ちが投影されているのを感じるよね。

譜面でも文章でも、手書きする人には、そんなふうに紙面が見えているんじゃないのかなぁ。



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「『キャップレス』が登場したとき、
これは、宇宙船だと思った」

― ご著書『松任谷正隆の素』でも綴られていましたが、小学生の頃から万年筆を使っていらしたのですよね?

小学校高学年の頃には、授業でも万年筆を使っていました。日本の高度成長期真っ只中、1960年代の小学生にとっては、まだそんなにボールペンやシャープペンシルがポピュラーな時代ではなかったんです。

担任の先生の方針だった記憶があるんだけど、小学5年生で万年筆の使用が解禁になってね。クラスのみんなが親の万年筆を学校へ持ってきて、もうとにかく自慢大会ですよ(笑)。ペン先が14金だとか18金だとか、そんなスペックの話で盛り上がっていました。中学校に上がるときの進学祝いなんて、ほとんどが万年筆という時代だったんじゃないかな。

当時の僕にとって万年筆は、いまでいうと車を持つのと同じくらいうれしいことだったんです。宝物のような存在でしたね。


― パイロット製品のなかでも特徴的な、キャップのない万年筆「キャップレス」の初代が発売になったのが1963年のことで、ちょうど松任谷さんが小学生の頃のことかと思いますが、その当時のことは覚えていらっしゃいますか?

もちろん覚えてますよ。これは宇宙船だと思ったもん。そうね、夢のようなもの。車に例えるとフェラーリみたいなものかな。当時の僕はフェラーリを知らなかったと思うけど、とにかく新しくて、その発想が最高に子ども心に響いたんだよね。本当に衝撃的だった。


― どんなポイントがそこまで松任谷さんを感動させたのでしょうか?

TVコマーシャルの映像をいまだ鮮明に覚えているんだけれど、ゲートが開いて、ペン先が出てくるまでの動きっていうのが、ものすごくカッコよかったんですよ。万年筆の構造的にポケットに挿すときにペン先を上にしなきゃいけないから、「キャップレス」の場合クリップがペン先側にあるんだよね。このクリップが短くてこういう形をしてるのもすごく格好がいいじゃない? 指が当たらないように短くスマートに設計したんでしょうね。


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「短いクリップの形状も惚れ惚れする」という松任谷さん。友人が見つけてプレゼントしてくれたという、初代「キャップレス」(1963年製)。


― これは当時のものをずっと持っていらっしゃったのですか?

いや実は、これは数年前に手に入れたものなんですよ。子どもの頃にも、まず先に2代目のノック式を自分で買ったんだけど、やっぱり初代の回転式がどうしても欲しくてね。おこづかいを貯めて買ったか、お年玉で買ったかは忘れましたが、しばらくしてなんとか手に入れたんですよ。

でも、その初代「キャップレス」は、気づくといつの間にか紛失してしまっていた。それで大人になって、40歳を過ぎた頃からどうしてもまた欲しくなったんだけど、いろいろなところですっごく探したけれどなかなか見つからなくて、20年くらいは探していたかなぁ。


― アンティーク品でも、なかなかないものなんですね。

万年筆大辞典みたいな本を見ても、なかなか初代「キャップレス」は出てこない。古いものでもノック式の「キャップレス」や海外ブランドのものはいくらでもあるんだけど、この初代は見つからなかった。本当に探して探して探して…。

そうしたらある日、友人が見つけてプレゼントしてくれたんです。いやぁ、嬉しかったですね。

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「僕は大事な人に何かを書くときは、
もちろん万年筆だって思ってます」

― 普段、執筆などで万年筆を使うことはありますでしょうか?

いや、実は自分の字が嫌いで、原稿など文章を書くのは全部パソコンです(笑)。文字の癖が有機的な感じがして、それを後で見るのが嫌なんですよね。


― 手紙などもパソコンでしょうか?

もちろん、目上の人への手紙や年賀状とか大事な書類のサインとか、フォーマルな場面では最近の新しい万年筆を使っています。実は、最近自分の中で「バック・トゥ・ザ・手書き」というムーブメントがあるんですよ。手書きじゃないと伝わらないもの、ワープロで打たれた紙面にはないけど、手書きの手紙をもらったときに受ける文字以外の何かが、ものすごく大事なんじゃないかって思うんですよね。


― 万年筆は他にもたくさんお持ちだと聞きましたし、オーディオはもちろん、カメラやクルマなどにも造詣の深い松任谷さんですが、その熱量の源流はどこにあるのでしょうか?

万年筆は100本くらい持っているかなぁ。例えば車の好みっていうのは、やっぱり自分自身が生まれ育った時代が一番影響しますよね。それはペンもそうだしカメラもそうだと思います。しかも戦後の高度成長期って、いまでは考えられないようなものすごくエネルギーに満ちた時代だったから、そこから生まれたプロダクツはやっぱり光り輝いているわけですよ。そういう意味で、僕は一番いい時代を経験してきたと思っています。

例えばこのコーデュロイのジャケットは、中学生のときに上野のアメ横で祖母に買ってもらったものなんです。しばらく着てなかったんだけど、いま着てみたらピッタリなんです。当時はちょっと大きめだったかな。いまもあるアメリカのブランドだけど、あの時代のものはカッコいいし品質もいいんですよ。



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高度成長期のアナログでメカニカルなモノにときめきを感じると言う松任谷さん。楽器は言うに及ばず、車やカメラなどにも造詣が深い。左:機械式フィルムカメラの名機「ニコン F」。右:中学生のときにお祖母様に買ってもらったというコーデュロイのジャケット。

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― 最後に、手書きの手紙について何か印象的なエピソードはありますでしょうか?

僕が尊敬してやまない自動車評論家(故人)の奥様からは、いまも元旦に年賀状をいただくんです。僕はそれを見てから年賀状を書くことになるんだけど、次こそ元旦に届くように書くぞと思いつつ、いまだに実現できない。だから毎年万年筆を手に持って謝罪から入る感じで悩むんです。しかも万年筆は間違えたら全部やり直しになっちゃうから、やっぱりどうしても慎重になるよね。


まぁとにかく、大切な手紙を書く時はボールペンでは失礼だと思う。あれは税務署の書類を書くときに使うものですよ(笑)。大事な人に何かを書くときは、もちろん万年筆だって常々思ってますね。僕にとって万年筆は、そういうときのためのものだもの。



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松任谷 正隆 さん 音楽プロデューサー / 作編曲家
東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。4歳からクラシックピアノを習い始め、14歳の頃にバンド活動を始める。20歳の頃にプロのスタジオプレイヤー活動を開始し、バンド「キャラメル・ママ」「ティン・パン・アレイ」を経て、数多くのセッションに参加。その後アレンジャー、プロデューサーとして、松任谷由実のコンサートをはじめ、多くのアーティスト作品やイベントに携わる。また、映画、舞台音楽も多数手掛ける。音楽学校「MICA MUSIC LABORATORY」を主宰し、ジュニアクラスも開設。モータージャーナリストとしての顔も持ち、長年にわたり「CAR GRAPHIC TV」のキャスターを務める。「日本カー・オブ・ザ・イヤー」の選考委員。FMラジオのレギュラー番組、TFM「松任谷正隆のちょっと変なこと聞いてもいいですか?」(毎週金曜日)を放送中。『僕の音楽キャリア全部話します』(新潮社)他、著書も多数。

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『SKYE』SKYE

「生意気な高校生バンド」から50年。「二度と無い時代」を経てきた《SKYE》のアルバム。はっぴいえんどもサディスティック・ミカ・バンドも存在していなかった日本のロック黎明期、鈴木茂、小原礼、林立夫らで結成された伝説のバンド、SKYE(スカイ)と、ティンパンアレイ以降、日本のロック・ポップスシーンをプロデューサーとして、プレイヤーとして、編曲家として牽引し続けてきた松任谷正隆が加わったスペシャルバンドが生み出す最高傑作。コーラスで松任谷由実、矢野顕子、尾崎亜美、ブレッド&バター、小坂忠らが参加。

Columbia 3,300円(税抜価格 3,000円)


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