まるでボールのついた万年筆「Vコーン」(1991年発売)

2023/08/08

まるでボールのついた万年筆「Vコーン」(1991年発売)

 文具王がパイロットの名品に迫るコーナーです。第一回目は、パイロット製品の中でも、私が30年以上にわたって大好きで、最も気軽に、たくさん使ってきた筆記具のひとつ。Vコーンについてお話しします。

 Vコーンは、1991年発売の直液式水性ボールペンです。価格は100円。30年以上前に発売された製品ですが、いまだに古さを感じさせないシンプルで普遍的デザインのボールペンです。書き味、発色、耐水性などの性能面でも、ある意味水性ボールペンの究極と私は考えています。では、どこがそれほどすきなのか、少し掘り下げて考えてみたいと思います。

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【頭の中の思考を引き出す触媒】

 わたしは、「かく、がスキ」です。しかし、ひとことに「かく」と言っても、書いたり描いたり、私達の周りにはいろんな「かく」があります。

 文字を書くことに限っても、自分の考えをきちんと表現して残したり、誰かに読んでもらうことを想定している場合もあれば、誰かの話を自分が忘れないようにメモする場合もあります。暗記するためにひたすら書くということもあれば、自分の気持ちを紙に吐き出して整理することもあります。ですから、ただ書くと言っても、状況や書く内容によって、最適な道具は違ってくると思います。今ならキーボードやスマホもその道具に含まれるでしょう。
 そんな中でも、私が大好きで、絶大な信頼を寄せているこのVコーンが活躍するのは、アイデアを出したり、考えをまとめたり、自分の頭の中でまだふわふわしている思考の断片を紙の上に引っ張り出す場合です。

 私は、エッセイでも講義でも商品企画でも、最初にアイデアを出すときは、紙にペンです。特に初期の段階では、最終的な形が見えていることはほとんどなく、テーマや目的に沿って思いつくことをとにかくどんどん紙に書き出していきます。そうやってたくさん書いていると、不思議なことに、書いた言葉が次の言葉を連れてくるように、芋づる式に何かを思い出したり、自分が書いた文字の中に自分でも意識していなかった気持ちを発見したり、書いた言葉同士の関係性がまた新しい発想につながったりと、どんどん形が見えてくる瞬間があります。このとき、私は、頭で考えたことを紙に書き写しているのではなく、手で書きながら考えています。手を動かして書くという動作と、書かれた文字を見ながら考えるというプロセスは、同時進行で相互に影響しあっているので、手と頭両方で考えていると言っても間違いではないと思います。

 そんなアイデア出しの段階で筆記具に求められる特性として、重要なポイントが2つあります。1つ目は、書いているという行為が意識から消えること。2つ目は、書かれた文字がクッキリと目に入り、強く意識されることです。前者には、軽くて扱いやすく、必ず滑らかに書ける信頼感、後者にはハッキリと見やすい筆跡が必要です。
 そしてこれは、Vコーンの特徴そのものです。Vコーンは、重量わずか8.8g、キャップを外せば6.3gです。これは筆記具の中ではかなり軽い。見た目にもシンプルで壊れにくく、価格も100円ですから、気兼ねなく使えます。ボディには可動部分が一切なく、筆圧をかけても、ブレたり緩んだりすることがなく、故障知らず。インクがなくなるまで、いつでもキャップを外せば確実に筆記できます。そしてボディには余計な装飾は一切なく、鋭角のペン先が指し示す先に自然と視線が向かいます。ボール径は0.5mmですが、流れの良い水性インクは描線が太めで、抜群の発色の良さと相まって、ペン先が紙に触れた瞬間から離れる瞬間まで濃くハッキリとした筆跡を残します。

 考えを形にしていく一番最初に、思考を引き出す触媒としてアシストしてくれる、黒子のように気配を消しているにもかかわらず、常に安心できる存在。それがVコーンなのです。

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 実際、私はこの原稿を書くのにも、やはり最初は紙にVコーンでコピー用紙に書き散らかしながらまとめました。あれこれと考えていくうちに、このVコーンのどこが気に入っているのか自分でもこれまでなんとなく考えていたことの輪郭が徐々にハッキリと見えてきたように思います。



【まるでボールのついた万年筆】

 Vコーンのストレスのない書き心地で重要なのが、極めてスムーズなインクフロー。ペン先から思考が文字として流れ出るような錯覚さえ覚えるインクの流れは、ボールペンであるにもかかわらず、まるで万年筆のようです。
 それもそのはず、このボールペンを作ったのはパイロット。ここには、万年筆メーカーとして培ってきたノウハウがしっかり活かされています。粘度が高いインクをボールにまとわりつかせて回転で引き出しながら転写する油性ボールペンとは違い、タンクになみなみと入っている粘度の低い水性インクを毛細管現象で引き出し、途切れることなく、漏れることなく安定してペン先に送り続けるには、インクと同量の空気を常に取り込むことが必要ですし、気温や気圧の急激な変化には、一時的にインキを留めたり解放したりする調整装置が必要です。これは、万年筆でも必須の機能で、ペン先の裏を支えているペン芯という部品がその役割を担っています。ですから、Vコーンは、ペン先が転がる万年筆と言っても言いすぎではないと私は思います。

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【思考を鮮明に描き出す発色の良いインク】

 インクは黒・赤・青の3種類。染料系の水性インクで、(かつては顔料系インクのVコーン Cもあった)伸びやかで鮮やかな発色は抜群に読みやすく、中でも黒インクの引き締まった黒さが、思考をクリアにしてくれます。書いた線全体がきちんと黒いので、書いた文字の視認性が非常に良好です。油性と比べると滲みやすく線が太くなりがちという弱点はありますが、特に黒は、水性染料系であるにもかかわらずかなり耐水性が高く、また、オフセット印刷などの罫線にも弾かれにくいという謎の力強さがあり、非常に安定した使用感です。赤は明るく鮮やかな色で、テストの丸付けや書類の赤入れなどでも見やすく映える赤です。そして青は若干濃淡が現れ、万年筆の青のような、黒とは違った変化のある表情を見せます。



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【普遍的なデザイン】

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 Vコーンの優れているところは、その形状にもあります。
 基本的な形状は円と直線の組み合わせで構成され、普遍的な印象で、無駄なラインが一つもありません。
 手に当たる部分全てが柔らかく、それでいて軸から先端に向かって一直線に焦点を結ぶシャープな円錐型は、その先端に視線を誘導し、今まさに 書き出した文字に集中させてくれます。軸後部は全体が大容量のインクタンクで、内容量が常に見えるので安心です。なみなみと湛えられたインクがすこしずつ減っていく様は、仕事や勉強で筆記した量をストレートに表しているので、努力の励みにもなります。空気とインクの流れを調整する蛇腹部品の構造がグリップ内部に透けて見えるのも安心感があります。
 どこを取っても丁寧で無駄のない形は、ともすると印象に残らないほど自然な形ですが、それは存在感を消して思考をアシストする黒子としての誠実な形といえるでしょう。



 

【旧型と新型】

 じつは、初期モデルは金属製のフラットなクリップがついていて、今以上にストイックな印象でした。私個人としては、旧型のデザインも捨てがたいところですが、環境や資源の観点から見ても、また耐久性等の性能から見ても、現在の樹脂製クリップは、結果的にはよりよい選択だと思います。

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 少々熱く語りすぎてしまった感はありますが、とにかく、Vコーンは、思考を引き出す触媒として、必要不可欠な筆記具です。もしなにかアイデアに行き詰まったときは、いきなりPCを開く前に、紙の束とVコーンを持って書き出してみてください。頭の中に埋もれていた思考が紙の上に流れ出てくるかもしれませんよ。

(文・イラスト 文具王 高畑正幸)



 


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今回登場した製品:
水性ボールペン「Vコーン」
製品情報はこちら 〉〉〉水性ボールペン「Vコーン」
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高畑 正幸 さん 文具王 / 文房具デザイナー・研究評論家

1974年香川県丸亀市生まれ。小学校の頃から文房具に興味を持ち、文房具についての同人誌を発行。テレビ東京の人気番組「TVチャンピオン」全国文房具通選手権にて3連続で優勝し「文具王」と呼ばれる。日本最大の文房具の情報サイト「文具のとびら」の編集長。文房具のデザイン、執筆・講演・各種メディアでの文房具解説のほか、トークイベントやYouTube等で文房具をさまざまな角度から深く解説する講義スタイルで人気。
文具王・高畑正幸公式HP「B-LABO」
文房具総合Webマガジン「文具のとびら」



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