前回は私が愛用するキャップレスブラック(多面体モデル)について語りましたが、多面体モデルが好きすぎて予備を買うだけでなく、別のモデルも見つけると買い集めるようになってしまい、気がつけばかなりのバリエーションが手元にあります。一番のお気に入りは今でも多面体モデルなのですが、今回あらためてつぶさに観察すると、それぞれが個性的でとても興味深いので、今回はずらりと並べて紹介したいと思います。
1 初代キャップレス 回転式 アルマイト14K 1963年 C-600MW
キャップレスが初めて登場したのは1963年。初代のキャップレスは胴軸をひねってペン先を出す回転式です。前例のない仕組みの新製品には、試行錯誤がつきものですが、この初代キャップレスからは、そうした手探り感が伝わってきます。
初代でなによりも目を引く違和感は口金の下面に付いている極端に短いクリップです。クリップを付けるならペン先側に付けざるを得ないのはキャップレス共通の課題ですが、初代はそれを現在のモデルとは逆の、口金の下面側に付けています。これでは筆記するときに紙面に当たりそうですし、前の方を持つと中指があたります。それでもなるべく邪魔にならにようにという配慮からか、クリップはどう考えてもおかしい短さです。これではクリップ本来の機能はほとんど果たせそうにありませんが、それでもこのクリップはバネ仕掛けになっていて、可動する手間のかけようです。
「ここまでするならクリップなんか要らないじゃないか」とも思えますが、クリップがないと、今度は収納時の上下が不明瞭になるので、ペン先を下に向けてポケットに挿してしまう、といったトラブルが発生しそうです。ですから、やはり形だけでもクリップは付けておきたかったのではないかと思います。
向きがわかりにくいのを心配した形跡は胴軸の意匠にも現れています。前胴軸の上面にはおそらく蝕刻でPILOTのロゴマークと、そこからペン先が出てくる開口部に向かって「こっちが前です」と言わんばかりの二本の矢印が刻まれています。
胴軸中央の継ぎ目は、あきらかに全体のデザインから見ると付加的な印象が強い腹巻き状の真鍮部品で、とても目立ちます。
本体内部に収納されているユニットは既に現在のものとほとんど同じ構造で大きさもかなり近く、初期から完成度の高さが窺えますが、シャッターの構造は現在とは異なり、軸の回転によってスライドして開閉するようになり、ペンユニットを前軸に挿入する際に少しひねってピンで固定するなど、現在のモデルよりも少し複雑です。
インキカートリッジは、ダブルスペアーインキというショートサイズのインクカートリッジ2本を、専用のジョイントパーツで背中合わせに繋ぎ合わせて内蔵するという面白い設計で、インキがなくなったらもう一つのカートリッジに切り替えて使えるので、不意のインキ切れの心配がなさそうです。このカートリッジは現在のカートリッジとは互換性が無いので注意が必要です。
諸々の特徴はまだこなれていないとはいえ、スマートな流線型でシャンパンゴールドのボディの先端が斜めにカットされたところから小さなペン先がせり出してくる様は、他に類似した万年筆がなかったことを考えると当時の万年筆としてはかなり未来的なフォルムだったに違いありません。とにかく、新しすぎるしくみをどう伝えるのかというのが最大の問題だったのではないかと思われます。万年筆がまだ普段使いの筆記具としてかなり普及していた時代に、実用性を考えたらキャップがない方が良いという発想は、現役の道具としてまっとうな考え方だと思うので、私はこういう製品がとても好きです。
2 最初のノック式 キャップレス ノック式 樹脂 14K 1964年 CLF-300
初めてのノック式キャップレス。繰り出し式ができたなら、次はやっぱりノック式が欲しくなるのは当然でしょう。
ノック式の構造自体はノック式ボールペンでは一般的な回転子を使ったスタンダードな構造ですが、ボールペンに比べると押し出すユニットが大きいので、ノックノブは長く目立ちます。しかしこの形のおかげで、ノック式であることや、どちらがペン先か、ということは説明がなくても見てわかるようになりました。
カートリッジの装着などのメンテナンスも、現行モデルと同じく、ペンユニットの軸の凸部分をボディ内部の溝と合わせて挿入するだけなので、取り扱いがかなり簡単になっています。シャッターは、バネで閉じられていて、シャッターをペン先で直接押し開いてペン先を出す方式。この構造も現在のモデルとほとんど同じ。ペン先でシャッターを押し開く方式については気になる人がいるかもしれませんが、少なくともこれまで販売しているキャップレスのほとんどはこの方式で、今でも販売されているところをみると、大丈夫のようです。この割り切った簡略化のおかげで、キャップレスシリーズは、口金周辺を極めてコンパクトにおさえることに成功していて、ペン先の視認性をほとんど犠牲にせずにノック式を実現しています。ノック式万年筆としては最初のモデルですが、この時点で既にこの完成度。当初の設計がいかに優れているかがわかります。
ボディラインは初代よりグッとシャープになり、クリップは上面に配置して親指と人差し指で挟むように持たせることで、スッキリさせ、長さも普通のクリップらしくなりました。今デザインを見ても、スマートでエレガントなボディラインや黒の樹脂に金の配色が美しく、極めて魅力的な製品です。
3 ダブルノック式 樹脂・アルミ/特殊合金 14Kメッキ 1964年 CS-100RW
短く直線的なボディの両端に樹脂パーツで、イメージはスターウォーズのライトセイバー。これはおそらくキャップレスの普及版で、各所にコストダウンの工夫が見られます。ノックは、ペン先を出す際にはノックノブを浅く押すとカチッとロックされ、もう一度深く押し込むと、ロックが解除されてペン先が引っ込みます。ペン先を出した状態ではノックノブがかなり深く入った状態で止まるので、全体的には短くなり、全長117mm。ペン先を収納した状態でも全長が125mmとかなり短い印象です。ペンユニットは、ノックノブを少し押し込んだ状態でひねると外れるようになっていて、初代と同じ方式です。ペンユニットの後端キャップがそのままノックノブになっています。ニブそのものも、小さく直線的な形状で、他と比べると明らかにこのモデルだけ簡素な印象です。先端のシャッターは、口金に覆われておらず、外から丸見えで、材質も樹脂製です。他のモデルと比べれて安っぽいというのは簡単ですが、万年筆を便利で気軽に使える実用文具にしたかったと考えれば、この無骨な見た目もなかなか悪くないと私は思います。
4 回転式 アルマイト 14K 1965年 C-500MW
初代の回転式を洗練したモデル。キャップレスのエレガントなデザインはここに極まります。継ぎ目のリングは指輪のような美しい彫刻が施された上品なアクセントになり、筆記時に上向きに配置されたクリップとペン先が揃いのゴールドで縦一列に並びます。シャンパンゴールドの胴軸全体はすらりとした流線型におさまり、特にペン先が出てくる先端開口部の絞り込みの美しさには驚きます。キャップレスシリーズの中でもその流麗な外観は至高と言えるでしょう。
回転式で、内部構造も初代に近い方式ですが、スッキリ整理されていてメンテナンスもしやすくなっています。利便性こそノック式には譲りますが、今復刻できるなら真っ先に希望する製品です。
5 自重クリップスライド式 ステンレス 樹脂/14K 1968年 C-250SS
ペン先を下向きにして、人差し指でクリップを後ろにスライドすると、シャッターが開いて、ペン先が滑り出してくる仕掛けになっています。戻すときはペン先を上に向けて再びスライドを引くと本体内部に滑り落ちるかたちで収納されます。単純な仕掛けですが、キャップレスシリーズの中では最も無理のない構造とも言えます。
ペンを手に持ったまま持ち替えることなく指先だけでペン先の出し入れを行えるので、キャップレスシリーズの中では最も機動力の高いモデルでもあり、ノック式のような強いバネを必要としないので、構造的に無理がないのも優れています。
クリップの前端側にギザギザの滑り止めのようなラインが刻まれているので、ここに指をかけてクリップを後退させますが、はじめて見た人には使い方がわかりにくそうです。
デザイン的にはダブルノックタイプの延長状にありますが、口金から後軸までスムースなラインに整えられていて、安っぽさは全くありません。ステンレスの硬い光沢と樹脂の黒のバランスが非常に良くV溝のリングがアクセントを添えています。精悍な「書くための機械」感が強くて私は好きです。
6 ノック式 蝕刻モデル ステンレス・樹脂・14K 1971年 C-400BS
ボディの口金と尻軸に蝕刻で模様を施したデザインモデル。初期キャップレスが女性的な流麗さを持つのに対し、この蝕刻モデルは男性的でマッシブな印象です。やはり万年筆と言えば高級筆記具として大人の男性の装身具的な意味合いも兼ねることが多い物ですから、こういった技巧を凝らした高級モデルが登場するのも当然の流れと言えるでしょう。樹脂製の前軸にあるCaplessのロゴマークは、明らかに印刷ではなく埋め込まれたような状況で金属光沢があるので、もしかしたら象嵌のような技法かもしれません。
後軸側が若干太く、重厚な装飾が施されているので、後ろが重そうに見えますが、重心位置はほぼど真ん中にあり、手に持ってみるとしっくりとなじみます。口金は、キャップレスの中ではおそらくこのモデルだけ開口部が円形で、ボールペンのような印象で自然です。そしてこの口金、本来の機能とは全く関係ないですが、じつはキャップレスで唯一ネジ式になっていて、取り外すことができ、シャッター機構の仕組みを直接観察することができます。これは、構造マニアにとっては思いがけず大変貴重なモデルだったりします。
7 ノック式 樹脂多面体モデル 樹脂 特殊合金 1984年 FCN-500R
私が最初に購入したモデルとおそらく同じで、口金とノックノブ、リングが銀色。口金からクリップへ伸びる鼻筋のラインがキリッと立ち上がっていてかなりイケメン。オールブラックのモデルが故障して、いまはこちらのモデルを常用していますが、シルバーと艶のあるブラックの組み合わせは、マットブラック以上に形状が際立ち、あらためてこのデザインの美しさに惚れ惚れします。
無駄なく機能的なフォルムは、クラシックな万年筆が持つ、ゆったりとしたイメージとは全く違ったスピード感を持っています。
海外向けに作られた「NAMIKI」刻印のモデルには、カラー軸も存在していて私はグリーンを持っていますが、ブルーやレッドはいつか手にしたいモデルでもあります。
8 ノック式 キャップレスブラック(多面体モデル) 1989年 FCB-800RB
これは前回説明した、私が最初に購入したモデルです。詳しくは前回説明したので割愛しますが、7と同じ形で、ペン先以外、全てマットブラックで、ステルス戦闘機的な魅力があります。
9 ノック式 キャップレスデシモ 2005年 FTC-15SR
多面体モデルが廃番で細身のモデルは大変貴重になってしまいましたが、普段使いする上でその代わりとなったのがこのキャップレスデシモです。もう一回り大きいスタンダードなキャップレスもありますが、私は最初に使ったのが多面体モデルだったので、デシモの方が手に馴染みます。ボディは多面体の樹脂から円形のアルミ軸に変わり、ツヤのある焼き付け塗装で、多面体モデルの持つ精悍で攻撃的な印象は弱まり、柔和な親しみやすい形状になったかなと思います。多面体モデルと比べると重量は若干増えていますが、重すぎず、太過ぎず、使い勝手が良いので、キャップレスを最初に使うならこのモデルをオススメしています。
多面体モデルでは構造的に口金と前軸の継ぎ目や、後軸のネジ部分にかなり大きな負荷がかってしまい、どうしてもそこが破損の原因になりやすかったのですが、デシモは前軸後軸ともに金属製なのでかなり丈夫で、いまのところ不具合を起こしたことは一度もありません。
このモデルは、普段ボールペンを使い慣れている人にも使いやすい太さ重さですし、ノック式でキャップの煩わしさがありませんから、私個人の見解としては、すこし変則的ではありますが、初めての万年筆にキャップレスデシモを選択するのも悪くないのではないかと思っていて、実際普段万年筆を使わない人にギフトとして贈ったこともあります。
10 ノック式 キャップレスオールブラックモデル 1999年 FC-18SR
キャップレスのオールブラックモデル。
現行キャップレス万年筆の標準サイズ、重量30g 軸系13.4mmで、しっかりした重さを感じます。むしろ普通の万年筆に近い感じかもしれません。もともと好きだった多面体モデルがオールブラックだったので、キャップレスもオールブラックにしました。デシモにはオールブラックモデルがないので、見た目的にはかなり気に入っています。これも普段使いでだいぶ使い込んだので、リング部分などは塗装が剥げて中の真鍮が見えていますが、これはこれで使い込んだ味があってなかなか良い感じです。
キャップレスか、デシモかは、基本的には太さと重さの好みで選ぶのが良いかと思います。
中のユニットには互換性があるので、私はそれぞれの中身を入れ替えてときどき太さを変えたりして楽しんでいます。
11 ノック&ツイスト式 キャップレスLS 2019年 FCLS-35SR
LSはキャップレスシリーズの中では最高級モデル。重量41.3g、軸径13.6mmと、飛び抜けて重く、筆記具全体の中でもかなり重い設計です。
特徴的なのは静音性の高い独特の繰り出し構造で、ペン先を出す時はノックノブを押して出しますが、引っ込める時は、後軸後端にある回転ノブを軽くひねってロックを解除します、ロックが解除されるとそのままノブが回転しながらノックノブが後退し、ペン先が戻っていきます。出す時も引っ込める時もノック機構によくあるカチカチ音がせず、ほとんど無音で出し入れできます。ノック式は便利ですがやはり重要な会議シーンなどでは静かな方が良いですね。
前後胴軸の継ぎ目には、傾斜した彫刻が施されていてキラキラと輝きます。ここにはパイロットの宝飾加工技術が活かされています。(※パイロットは、筆記具の加工で得た貴金属加工技術を使って宝飾品も生産していて、宝飾品メーカーとしても高い技術が知られています)
ずっしりとした重厚感と美しい外観を持ち、しかも高い静音性と優雅な動作。高級万年筆らしい堂々とした製品です。
ただ、41.3gというのは、筆記具としてもかなり重い部類になりますので、普段使いにはちょっと重いかもしれません。
ということで、たまたま最初に一目惚れしたキャップレスの魅力にはまってしまい、気がつけば、ずいぶんとたくさんのキャップレスを収集してしまいました。キャップレスは万年筆の中ではかなり特異な製品ですが、万年筆がまだ普段使いの筆記具としても主役だった頃の、実用品としての切実さがここにはあるように思います。製図ペンでも万年筆でも、それがもっとも必要とされた時代に、純粋に性能を求めて作られた製品の説得力は格別です。今でもポケットから出したその手でノックして、手帳にすぐ書き込める機動性のある万年筆は、なかなか他にはありませんし、普段ボールペンを使う人にも、一度は試してみてもらいたい実用的で魅力的な万年筆だと思います。
(文・イラスト 文具王 高畑正幸)
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今回登場した製品:
万年筆「キャップレス」 1963~2019年発売
パイロットの製品情報はこちら 〉〉〉「キャップレス」で検索!
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高畑 正幸 さん 文具王 / 文房具デザイナー・研究評論家 1974年香川県丸亀市生まれ。小学校の頃から文房具に興味を持ち、文房具についての同人誌を発行。テレビ東京の人気番組「TVチャンピオン」全国文房具通選手権にて3連続で優勝し「文具王」と呼ばれる。日本最大の文房具の情報サイト「文具のとびら」の編集長。文房具のデザイン、執筆・講演・各種メディアでの文房具解説のほか、トークイベントやYouTube等で文房具をさまざまな角度から深く解説する講義スタイルで人気。 |
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